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廃線・廃止になった鉄路
工業都市"茂原"と三井東圧化学専用線のすべて (23)
三井東圧化学専用線所管駅「新茂原貨物駅」(新茂原駅貨物施設) の歩み

前章「貨物駅としての外房線「茂原駅」の歩み」と「専用線所管駅「茂原駅」と三井東圧化学専用線について」では、外房線茂原駅が三井東圧化学専用線の最初の所管駅となった役割について紹介しました。さらに、「三井東圧化学専用線で行われた、鉄道貨物輸送の歴史」では、三井東圧化学千葉工業所 (現在の三井化学茂原分工場) が敷設した三井東圧化学専用線の設置時の様子や廃止に至った経緯を解説しました。

1999年 (平成11年) 12月 廃駅直後の新茂原貨物駅 (新茂原駅貨物施設) 全景
(公道より、筆者撮影)

また、付録「三井東圧化学千葉工業所で生産された主要製品について」と「三井東圧化学専用線で見られた、入換機関車や貨車について」では、三井東圧化学専用線で輸送された原料の種類や使用された入換機関車 (スイッチャー)、私有貨車について紹介しました。

この章では、茂原駅から新茂原貨物駅 (正式名称: 新茂原駅貨物施設) への専用線所管駅の移管経緯や、なぜ首都圏でも規模の大きな新茂原貨物駅が短命に終わったのかについて考察します。

■外房線「新茂原貨物駅」(新茂原駅貨物施設) の開設
貨物列車用の大網駅短絡線の設置 (東金線福俵駅〜外房線永田駅)

1972年 (昭和47年) 5月27日、房総東線 (現在の外房線) 茂原駅発着の貨物列車が経由していた大網駅が、スイッチバックを解消するために現在の場所に移転し、高架駅となりました。この貨物列車用に房総東線 (現在の外房線) の旧線は、東金線 (成東方面) と外房線 (茂原方面) を結ぶ貨物用短絡線として残されました。そして、7月15日に房総東線は全線電化が完成し、同時に名称も現在の外房線に改称されました。

1974年 (昭和47年) 大網駅 配線略図

茂原駅高架化に伴う、専用線所管駅の移管

専用線所管駅だった外房線の茂原駅が1986年 (昭和61年) に高架化されることが決まり、貨物駅の機能は隣の旅客扱いのみの新茂原駅に移管されることになりました。ただし、手狭な新茂原駅には追加の荷役設備を設置することができず、そのため近隣に新たな貨物施設を設置することとなりました。(茂原駅や高架化の経緯については、前章「貨物駅としての外房線「茂原駅」の歩み」で詳しく解説)

1981年 (昭和56年) 10月 三井東圧化学専用線 配線略図

当初、三井東圧化学専用線を保有している三井東圧化学は千葉工業所 (現在の三井化学分茂原工場) から近い茂原駅と新茂原駅の間に貨物施設を希望していました。しかし、このエリアは戦後、一般住宅地や文教地区として発展しており、茂原市は騒音問題などで市の発展を妨げるとして反対意見を示しました。国鉄も新たに阿久川に鉄道橋を新設しないことを決定し、その結果、新茂原駅と本納駅の間に貨物施設が設置されることになり、阿久川沿いに新しい専用線が敷設し、新茂原貨物駅 (正式名称: 新茂原駅貨物施設) は田園地帯だった現在の場所に設置されることになりました。

東洋高圧工業専用線・三井東圧化学専用線
新旧ルート簡略図
航空写真 (スカイブルーは国道、ローズは県道)
[パソコンのみ:マウスポインタで画像に触れると
表記無し画像に切り替わります]
国土地理院「茂原」(平13)加工

首都圏の貨物駅として屈指の規模となった新茂原貨物駅

国鉄 (日本国有鉄道) の昭和55年度 (1980年) の貨物集約化計画に基づき、東金線の東金駅と総武本線の成東駅での貨物取り扱いも外房線の新茂原貨物駅 (新茂原駅貨物施設) に集約されることになりました。

1978年 (昭和53年)、本納駅から新茂原駅間の9,270u (サッカーコート約1.3面分※1) の敷地を取得し、路盤強化工事が実施されました。1979年 (昭和54年) には貨物駅の敷地17,820u (サッカーコート約2.5面分※1) を取得し、12月20日に新茂原貨物駅の荷役設備が建設開始され、翌1980年 (昭和55年) 8月18日に完成し、その他の事務所などの施設は1981年 (昭和56年) 6月28日に完成しました。

1983年 (昭和58年) 10月 新茂原駅貨物施設 (新茂原貨物駅) 全景
(国土地理院「茂原」(昭58))
1983年 (昭和58年) 10月 新茂原駅貨物施設 (新茂原貨物駅) 概略図

同年11月、茂原駅で通運事業を担っていた南総通運 (株) 茂原支店は貨物取り扱いを廃止し、新茂原貨物駅に移行しました。また、三井東圧化学専用線は茂原駅から新茂原貨物駅への切り替え工事が完了しました。(南総通運については、ミニコーナー「三井東圧化学専用線での通運を担った、南総通運株式会社」で解説)

新茂原駅貨物施設 (新茂原貨物駅) の開業

1981年 (昭和56年) 12月1日、新茂原貨物駅の供用が開始され、茂原駅・大原駅・東金駅 (東金線) での貨物取り扱いが正式に廃止されました。

1981年 (昭和56年) 12月 三井東圧化学専用線 配線略図
(新茂原駅〜八積駅間は高架工事中、この間は仮線が新たに敷設されている)

そして、2日には三井東圧化学千葉工業所 (現在の三井化学茂原分工場) で三井東圧化学専用線の開通修祓式が行われました。なお、新茂原駅貨物駅の駅施設や荷役設備などは、次節「新茂原貨物駅 (新茂原駅貨物施設) の駅施設・荷役設備の紹介」で紹介いたします。

1981年 (昭和56年) の貨物駅開業当時、右側に見える外房線はまだ単線
(左: 三井東圧私有MTD451 / 右: 国鉄DE10形 / 榎木町踏切より撮影)
(写真提供:鉄・郵クラブ様)

外房線では、1985年 (昭和60年) 3月に新茂原貨物駅を含む本納駅から新茂原駅までの3.7kmが複線化され、そして1986年 (昭和61年) 10月に茂原駅の高架化工事が完了し、新茂原駅から茂原駅を経て八積駅までの7.5kmが複線化されました。(新設された三井東圧化学線専用線については、次章「現役時代と廃線後の三井東圧化学専用線 (新線ルート) (1)」で紹介)

1986年 (昭和61年) 10月 三井東圧化学専用線 配線略図

なお、新茂原貨物駅の新茂原駅側の渡り線について、別のサイトでは国鉄第一東京工事局が作成した計画図を基にしたと思われる渡り線がある配線図が発表されていますが、当サイトでは三井東圧化学専用線が使用されていた頃に発行された国鉄千葉鉄道管理局が作成した「線路図」を参考にしており、新茂原方の渡り線の記載はしておりません。

国鉄第一東京工事局の計画図を基に作成 国鉄千葉鉄道管理局 線路図


佐倉駅 (総武本線) 〜 新茂原貨物駅 (外房線) 間の貨物列車牽引機
総武本線の佐倉駅から外房線の新茂原貨物駅 (新茂原駅貨物施設) 間の貨物列車は、佐倉駅に隣接していた佐倉機関区所属のDE10形ディーゼル機関車が牽引し、定期検査時にはDD51形ディーゼル機関車が代走していました。

国鉄DE10形ディーゼル機関車 国鉄DD51形ディーゼル機関車
(画像提供:伊勢崎軌道様)
佐倉機関区所属 DE10-1098号機 <佐倉機関区> 元佐倉機関区所属 DD51-1802号機 <蘇我駅>
(写真提供:RED Loco web.様) (佐倉機関区廃止に伴い千葉機関区へ転籍/筆者撮影)

また、新茂原貨物駅は貨物取り扱いに加えて保線基地としての役割も果たしていたようです。不定期ではありますが、総武線の新小岩駅発着で外房線経由のDD51形ディーゼル機関車による工事用臨時列車 (工臨) が深夜に新茂原貨物駅で折り返し運転されていたようです。

例: バラスト輸送工臨 (DD51+ ホキ800 + ホキ800 + ホキ800 + ホキ800)

例: レール輸送工臨 (DD51+ チキ5500 + チキ5500 + チキ5500)

これを裏付けるものとして、航空写真には検車庫付近にバラスト (砕石) 置き場らしきものや、後述する当時の写真からも仕訳線に留置されたバラスト散布用のホッパ車 (国鉄ホキ800形貨車) の姿が確認できます。

新茂原貨物駅構内
国土地理院「茂原」(昭58)
国鉄ホキ800形貨車
(画像出典:Wikipedia)

短命に終わった、新茂原貨物駅 (新茂原駅貨物施設)
1989年 (平成元年) 新茂原駅貨物施設 (新茂原貨物駅)
(写真提供:RED Loco web.様)

三井東圧化学専用線での取扱貨物量の減少

新茂原貨物駅 (新茂原駅貨物施設) では、茂原駅から引き続き大半の貨物が三井東圧化学専用線を通じて三井東圧化学千葉工業所 (茂原工場) へ向けて扱われていたと思われます。先述のように東金駅と成東駅での貨物取り扱いが集約されたこともあり、新茂原貨物駅の開設初年度となった1981年 (昭和56年) は1日の平均取扱量が52万2,000トンとなり、茂原駅での41万トンを上回りましたが、その後は年々減少していきました。

国鉄新茂原駅貨物施設 (新茂原貨物駅) 年度別1日平均貨物輸送量 (トン数)
(参考:千葉県統計年鑑)

運輸省 (現・国土交通省) が1990年 (平成2年) 10月23日から25日に実施した「全国貨物純流動調査 (3日間調査)」によると、実際に貨物の取り扱いが行われていた貨物駅は、貨物発送が全体の53%にあたる255駅であり、到着貨物は全体の69%にあたる293駅でした。新茂原貨物駅は全国の到着貨物の駅としては10位にランクされていました。到着貨物の総取扱量は約62万トンあり、そのうち上位20駅だけで30万トンを超え、全体の49%を占めていました。

1990年 (平成2年) 鉄道利用着別上位貨物駅名 (3日間の取扱貨物量)
(参考:国土交通省 全国貨物純流動調査<3日間調査>/道路交通経済)

しかし、同じく運輸省が同年に行った「国内輸送機関別貨物輸送」の調査によれば、自動車 (トラック) が2,945億トンキロで全体の50.2%を占める一方、鉄道はわずか251憶トンキロで、わずか5%に過ぎませんでした。また、参考にしている「千葉県統計年鑑」からも1988年 (昭和62年) 以降、鉄道貨物輸送量の記述が省略され、2000年 (平成12年) の国土交通省の調査では3.8%まで低下し、鉄道は物流におけるその役割は限られるようになりました。(現在、鉄道貨物輸送は回復傾向にあります、詳しくはミニコーナー「昭和から令和への鉄道輸送、モーダルシフトと物流の主役への再興」を参照)

1990年 (平成2年) 国内貨物輸送の輸送機関分担率
(参考:国土交通省 鉄道事業課資料)

輸送トンキロとは、貨物の重量 (トン) にそれぞれの貨物の輸送距離 (キロ) を乗じたものです。これは、単に貨物の重量だけでなく、その貨物がどれだけ運ばれたか (輸送距離) も考慮する指標で、経済活動における輸送の総量をより正確に表すことができます。

新茂原貨物駅での発送貨物の減少に関して、三井東圧化学千葉工業所(茂原工場)は、生産された化学肥料をワム80000などの有蓋車に積み込み、専用線を利用した鉄道輸送から早い段階でトラック輸送に切り替えたことが影響したと考えられます。(詳細については、前章「三井東圧化学専用線で行われた、鉄道貨物輸送の歴史」の「三井東圧化学専用線の終焉」で解説)

国鉄茂原駅・新茂原貨物駅 年度別1日平均貨物輸送量 (トン数)
(参考:千葉県統計年鑑)

1987年 (昭和62年) の国鉄民営化でJR貨物へ移行する直前には、1日平均の貨物取扱量が3万トンまで大幅に減少し、前述の1990年 (平成2年) の調査では3日間で合計1万3,047トンにまで落ち込みました。このため、当時の1日当たりの貨物取扱量は約4,000トン前後と推定されます。当時、濃硫酸などの原料を積んでいたと思われるタキ4000やタキ29300などの1、2両のタンク車が、時折寂しそうにスイッチャーに牽引されていく光景が記憶に残っています。(三井東圧化学私有の入換機関車 (スイッチャー) については、「三井東圧化学専用線で見られた、入換機関車や貨車について」で紹介)

国鉄タキ4000形貨車 <濃硫酸用タンク車> 国鉄ヨ8000形貨車 <車掌車>
(参考画像:ホビーサーチ)
タンク車の後尾に連結されていた車掌車 (ヨ8000) は、貨物駅廃止後も暫く駅の片隅に留置されていました

なお、この頃の新茂原貨物駅には、DE10形ディーゼル機関車やDD51形ディーゼル機関車に牽引された数両の濃硫酸用タンク車と、12フィートコンテナ (5トン) を積んだコンテナ車 (コキ) で組成された貨物列車が発着していましたが、このコンテナ車が三井東圧化学専用線に入線したことは一度もなかったと思われます。(私は目撃したことがありません)

新茂原発着貨物列車の一例: DE10 + コキ5500 <12フィート (5トン) コンテナ> コンテナ*2 + タキ29300*2
(画像提供:伊勢崎軌道様)

12フィートコンテナの中身や荷主、行き先などの詳細は不明ですが、1981年 (昭和56年) 12月に新茂原貨物駅が開業した際には、総武本線の成東駅、東金線の東金駅、茂原駅の車扱い貨物が新茂原貨物駅に集約され、1984年 (昭和59年) 2月には大原駅の車扱い貨物が廃止されたことで、これらの駅を利用していた荷主の貨物がコンテナ化され、当時新茂原貨物駅で通運業を行っていた「南総通運 (株)」のトラックに積まれて輸送されていた可能性も考えられます。(南総通運については、ミニコーナー「三井東圧化学専用線での通運を担った、南総通運株式会社」で解説)

また、新茂原貨物駅での通運業を行う貨物積込取扱業の免許を保有していた三井東圧化学の物流子会社である「(株) エム・ティ・ビー茂原営業所」が取り扱っていたコンテナという可能性も考えられます。(エム・ティ・ビーについては、付録「三井東圧化学 (三井化学) での鉄道貨物輸送について」の「三井東圧化学 (株) の物流子会社の変遷について」で解説)

新茂原貨物駅の終焉

1995年 (平成7年) 10月1日のJRグループのダイヤ改正により、新茂原貨物駅 (新茂原駅貨物施設) 発着の定期貨物列車は運休となり、臨時の貨物列車のみ設定され、実質的には廃止されたと言えました。1968年 (昭和43年) の国鉄東京工事局調査課の資料によると、貨物駅として採算が取れる年間貨物取扱トン数は「10万トン」と試算されており、この時点で採算ベースを下回っていたと推測できます。そして、翌1996年 (平成8年) 3月16日のダイヤ改正で、新茂原貨物駅発着の貨物列車は正式に廃止され、外房線での貨物輸送は消滅しました。(ただし、蘇我駅では京葉臨海鉄道がJR貨物に貨車を引き渡しており、外房線の千葉駅〜蘇我駅間では貨物列車を見ることができます)

1995年 (平成7年) 三井東圧化学専用線 配線略図

外房地区の物流拠点として計画された新茂原貨物駅 (新茂原駅貨物施設) は、急速に進展したモータリゼーションの波に抗うことができず、わずか13年9ヶ月29日間使用されただけで廃止されました。貨物駅の新設につながった三井東圧化学専用線も廃止後すぐに撤去され、新茂原貨物駅自体の正式な廃止日は、貨物列車が姿を消してから3年後の1999年 (平成11年) 4月1日となっています。

正門と社名板
(社名板)
1999年 (平成11年) 12月 廃駅後のJR貨物 新茂原駅貨物施設 (新茂原貨物駅)
(筆者撮影) 

1997年 (平成9年) 12月には、新茂原貨物駅発着の貨物列車が経由していた外房線の旧線を活用した東金線 (旧大網駅、現在の大網保線技術センター) と外房線 (茂原方) の短絡線も撤去されました。

2022年 (令和4年) 外房線 大網駅 配線略図

廃駅後の新茂原貨物駅の様子

2023年 (令和5年) 現在、外房線から新茂原貨物駅への渡り線も撤去され、貨物駅構内に残る線路は外房線から完全に分離されています。貨物列車の発着線と外房線との踏切を兼ねていた第2宮の下踏切と榎木町踏切も、発着線側の線路がコンクリートで埋められ、道路と一体化 (Googleマップ) しています。

2023年 (令和5年) 外房線 配線略図 (新茂原駅貨物施設〜茂原駅間)

2016年 (平成28年) 11月 旧新茂原貨物駅全景
(国土地理院「茂原」(平28))

現在の旧新茂原貨物駅には、貨物ホームや詰所、事務所などの建物が取り壊されずに残っており、所有者であるJR貨物が他の廃止された貨物駅と同様に線路を伴わない鉄道コンテナ取扱基地、「オフレールステーション」としての再活用の可能性を模索しているかは不明です。2016年 (平成28年) には、廃車となった東京メトロ銀座線の車両「01系」がトレーラーで輸送され、貨物ホーム付近で解体作業が行われたとの報告があります。

(※:車扱い (しゃあつかい) とは正式には「旅客貨物車扱営業」と呼ばれ、国鉄が保有する1車単位で借りる貨車や私有貨車を使用して、各貨物駅間で貨物輸送を行う形態を指します)

新茂原駅と新茂原貨物駅 (新茂原駅貨物施設) の変遷
サイトによっては、新茂原貨物駅 (新茂原駅貨物施設) の開業が1986年 (昭和61年) とされていることが多いですが、実際には、設置計画の経緯から新茂原貨物駅は当初から新茂原駅の構内として計画されており、正確な開業日は1981年 (昭和56年) 12月1日となります。

新茂原 (しんもばら)
駅番: 9078 / 隣接駅間距離 本納3.7km + 茂原2.9km
実施日 営業範囲 記事
1955年(昭和30年)
9月15日
 旅客駅 (旅客荷物または旅客取扱)  開業 (国鉄)
 旅客取扱開始
1981年(昭和56年)
12月1日
 旅客駅
  →
一般駅 (旅客荷物貨物または旅客貨物取扱)
 旅客
 →
旅客車扱貨物 (新茂原貨物駅)
1987年(昭和62年)
4月1日
 JR東日本 (株) 継承・旅客のみ取扱駅

<貨>新茂原 (しんもばら)
駅番: 6079 / 隣接駅間距離 本納駅2.3km+新茂原1.4km (推定)
実施日 営業範囲 記事
1979年(昭和54年)
12月20日
-  貨物施設着工
1980年(昭和55年)
8月18日
-  貨物施設竣工
1981年(昭和56年)
6月28日
-  その他施設完成
1981年(昭和56年)
12月1日
-  新茂原駅貨物施設開業
1987年(昭和62年)
4月1日
 JR貨物・車扱貨物取扱駅 (車) -
1994年(平成 6年)
10月1日
 車扱貨物取扱駅 (車)
  →車扱貨物とコンテナ貨物の両方の取扱駅 (貨物)
-
1996年(平成 8年)
3月16日
 車扱貨物とコンテナ貨物の両方の取扱駅 (貨物)
  →取扱い駅を限定している駅 (臨車)
 専用線廃止、レール撤去
1999年(平成11年)
4月1日
 取扱い駅を限定している駅 (臨車)
  →廃止
 臨時車扱貨物取扱い駅の廃止
(参考:停車場変遷大事典 国鉄・JR編/鉄道ピクトリアル/東工)


次節「新茂原貨物駅 (新茂原駅貨物施設) の駅施設・荷役設備の紹介」では、新茂原駅貨物施設 (新茂原貨物駅) の荷役設備や関連施設について、現役時代や廃止後直後の様子を写真と共に詳しく解説いたします。

(公開日:2024.01.21/更新日:2024.04.24)

新茂原貨物駅 (新茂原駅貨物施設) の駅施設・荷役設備の紹介 
三井東圧化学専用線 (茂原駅〜三井東圧化学千葉工業所間) [旧ルート] 

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