房総こぼれ話     〜昔の鉄道、風俗に関するちょっとした話です〜

【千葉市】 銀幕を飾った房総の蒸気機関車
【大多喜町】 「房総中央鉄道館」訪問録
【茂原市】 写真で見る茂原駅南口の変遷
【茂原市】 続・本当は茂原のはずれにあった茂原駅??
【大原町】 夏だけ限定駅、汽車で海水浴へ行こう!
【白子町】 鉄道がない町に駅出現!?
【長生村】 「八積駅」が、まだ「岩沼駅」だった頃・・・
【茂原市】 本当は茂原のはずれにあった茂原駅??
【茂原市】 エコロジー? 天然ガスで走った列車  
【東金市】 求名駅の謎のホーム跡??

<近日公開予定>
【長生村】 植木のマキと貨物ホーム
【千葉市】 難所!?土気の急勾配
【千葉市】 千葉駅0番線ホーム

【千葉市】 銀幕を飾った房総の蒸気機関車
1941年(S16)、国鉄(千葉鉄道管理局)の全面協力で
東宝が作製した「指導物語」という映画が公開されました。

これには、旧千葉機関区など出ているということで、
製作元の東宝に問い合わせたところ、VHS版ならあると
いうことで、早速取り寄せました。

あらすじは、千葉機関区に機関員特業(戦地で軍用列車を
運転する兵士)の訓練にやった来た兵士と定年わずかな
老機関士の人間味溢れるストーリー。全編に渡り、当時
最新鋭のC58形機車が驀進し、昭和の名優、原節子さん
も老機関士の娘役で出ています。

最初は、千葉機関区の扇形機関庫、千葉駅構内、佐倉
駅、御宿駅と映像に興奮しましたが、太平洋戦争の2ヶ月
前に公開されたもので、出兵のシーンなど複雑な気持ち
になってしまいました。このような内容は仕方がないとこ
ろです。

しかし、鉄道資料としては、貴重な記録だと思いました。
衛星放送でも放映しているようなので、機会があれば
ぜひご覧下さい!


【大多喜町】 「房総中央鉄道館」訪問記
     前日、緑川模型のご主人と一緒に大多喜町にあるという、「房総鉄道中央館」へ行って
     きました。いすみ鉄道の大多喜駅から100mほど、駅前に観光案内所があるのでわから
     ない方はお尋ねください。

     中へ入った瞬間、絶句!! 巨大レイアウト、沢山の展示品の数々・・・。
     館長さんも面白い方でした、注目のスポットです!!
     詳細は、ここをしてクリックください。

       


【茂原市】 写真で見る茂原駅南口の変遷
     
          明治時代末期                  昭和54年(1979年)
    出典:「写真集・明治・大正・昭和 茂原 ふるさとの想い出」               出典「ちばの鉄道一世紀」より(白土貞夫氏所蔵
         出版社、撮影者の許可を得て転載
   平成17年(2005年)  駅が高架になり、駅前の再開発は進みましたが、
 バブル崩壊後、「茂原そごう」の徹底、榎町の1番街
 衰退など駅周辺の市内中心部の空洞化が進んで
 います。

 もう少し、公共の駐車場を安くし、地元商店会への
 支援、藻原寺から榎町に残る古い家屋を保存する
 など郊外へのドーナツ化現象を防ぐべきだと思います。

 年々、ただの東京のベットタウンなり、古くからの
 茂原の良さが失われていく気がしてなりません。

 みなさんは、どうお感じでしょうか?

 
【茂原市】 続・本当は茂原のはずれにあった茂原駅??
     以下の写真は、何の建物かおわかりですか?

     なんと、初代「茂原駅」駅舎です、背景にも何にも写っていませんねぇ。
     当時の街中は、昌平町だったので、本当にはずれだったんですね。
     東京出身の年配の方に聞くと初めて茂原に降り立った時、何にも無くて
     驚いたと言っておられました。

     この写真は明治末期に撮影されたもので、房総鉄道が一ノ宮まで延伸した
     時に建てられました。ちなみに開業当時(明治30年/1897年)の読み方は
     「モハラ」駅でしたが、昭和10年(1935年)に現在の「モバラ」に改称されました。



出典:「写真集・明治・大正・昭和 茂原 ふるさとの想い出」 出版社、撮影者の許可を得て転載



【大原町】 夏だけ限定駅、汽車で海水浴へ行こう!
     明治の時代、自動車ではなくまだ鉄道が主役の頃、夏の風物詩と言えば房総への
     海水浴でした。

     そんな中、夏限定で臨時で設けられた停車場(駅)がありました。この駅は東海駅といい、
     大原駅から千葉方面に約2km上った場所にありました。
     海水浴客は、東に約800m先にある大原海水浴場へ行ったと思われます。
     駅名は、付近に「東海小学校」があるので、この辺の地名かもしれません。

        [開設期間]
           明治35年(1902年) 8月10日〜9月30日
           明治36年(1903年) 8月11日〜9月30日

     東海駅はその後、設定される事はありませんでしたが、昭和に入っても海水浴の需要は
     高く夏期専用ダイヤ房総夏ダイヤは風物詩となり、臨時列車がたくさん走りました。
     当時は、冷房もなく満員列車だったそうです。

     しかし、80年代に入ると道路が整備し始めマイカーで海水浴に来れるようになりました。
     また、昨今の個人の趣味の多様化で他のレジャーが普及し、いつの間にか夏ダイヤは
     無くなってしまいました。なんか寂しいですね・・・。





【白子町】 鉄道がない町に駅出現!?


左の写真、どこの駅かわかりますか?

実はこれ、茂原駅のジオラマなんです。
模型店のご主人の趣味が講じて作製されました。

→詳しくは、こちらで


【長生村】 「八積駅」が、まだ「岩沼駅」だった頃・・・
当時の房総鉄道は資金難で、とても長生村に駅を作る余裕はありませんでした。
そこで村人数人が現在の駅のある土地を提供して、明治31年(1898年)3月25日に
岩沼駅が誕生しました。

手持ちの資料によると、駅が出来たときは村の伝統芸能である「岩沼の獅子舞」などが
披露されてお祭り騒ぎだったという記述がありますが、また別の資料では何もなかった
とか?何はともあれ、長生村唯一の駅が誕生したわけです。

その後「岩沼駅」は東北本線に同名の駅があるため、大正4年3月31日に今の「八積駅」と
いう名称になりました。





【茂原市】 本当は茂原のはずれにあった茂原駅??
SL(蒸気機関車)が登場した頃、全国各地では「汽車が通ると稲が枯れる」とか「煤煙で
病気がはやる」と鉄道誘致に反対運動があったという言い伝えがよくあります。

茂原駅の場合は、反対どころか誘致運動が熱心で、当時の茂原町(茂原市)と高師村(茂
原市)が争い、困った房総鉄道が無関係だった東郷村(茂原市)に駅を開設しました。





【茂原市】 エコロジー? 天然ガスで走った列車  
天然ガスとは、地下500m位から紛失する地下水に含まれたメタンガスのことです。

千葉県の大多喜は有名でした。戦中(昭和16年)、木原線(いすみ鉄道)で天然ガスを
燃料とした車両運転されていましが、戦後、ガソリンは相変わらず不足し、石炭価格も
昭和10年に比べると300倍を超えていました。
しかし、天然ガスだけは、安定していたため千葉・山形・新潟地区では、天然ガス動車
(キハ41200形天然ガスカー)へ改造して運行を始めました。

昭和24年頃には、茂原駅から近くの天然ガス会社まで専用線を引き、直接天然ガス
動車タンクへガスを補充しました。
後には、貨車に旧海軍の潜水艦の大型ボンベを積みそこにガスを詰めて茂原−
木更津間をビストン輸送しました。(トキ5317)   →詳しくはこちら



【東金市】 求名駅の謎のホーム跡??
先日、東金線求名駅の上りホームの前方に見えるホームらしきものがありました。多分、
貨物用ホームだと思います。鉄道が物流の主役の頃、各地の駅には貨物ホームが多数
ありました。

しかし、現在はトラック輸送に代わられ鉄道の輸送は激減していますが、排気ガスを出さない
乗り物として、また鉄道輸送が見直されつつあります。




近日公開予定
  【長生村】 植木のマキと貨物ホーム
  【千葉市】 難所!?土気の急勾配
  【千葉市】 千葉駅0番線ホーム  


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